Neetel Inside ニートノベル
表紙

統失彼女
目覚め

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そこで目が覚めた。俺のイラストは全く売れなかった。
ただ冬木さんに会いに行く日が続いた。リハビリに通い、冬木さんと話し、金を受け取り、礼を言って、酒を買う。体は一向に良くならなかった。酒を飲んでるからか?別に社会復帰したかったわけじゃない。社会復帰できるとも思ってはいなかった。もっと生産的なことがしたかった。だが俺にはそれを行うだけの体力も気力もなかった。
まずいことに生活保護沼という奴に落ちていた。働かなくていい。病院代もただ。住居もただ。食費も最低限はある。話し相手もいて、なにも困らない。そんな状況が現状あるとするのなら、生活保護を抜け出す理由がない。生活保護費を切り詰めているので、貯金も貯まる。これまでならありえなかったことだ。俺はどんどん無気力になっていった。ただ体のリハビリだけはしなければならないので、そこにだけは足しげく通った。雨の日も風の日も。
「たかひささん、ちょっとお酒飲みすぎじゃないですか?」
「もう唐揚げとは呼ばないのか?」
「だって本名のほうが近くなった感じするじゃないですか」
「そうか・・・でも俺はだいぶおっさんになってきたよ。しかも生活保護で生きてるだけの身体障碍者だ」
「それが何だっていうんですか。あなたがいなかったら私だってどうなってたかわからないのに」
「そういってくれるんだな。ありがたいよ」
俺は心なしか自信を喪失した目で彼女を見てしまった。
「そんな目で見ないでください。たかひささんはわたしを救ってくれたんです。どん底から私を引っ張り上げてくれたんですよ。今は私はピアノ講師ですから。それでも誰かがいないとダメなんです。両親とかたかひささんとか」
「両親だけじゃダメなのか?」
「両親はいずれ去っていきます」
「俺だって死ぬかもしれんぞ」
「両親よりは可能性は低いでしょ」
「才能ないぞ」
「才能が出るまで書いてくださいよ。こんな嘘みたいな話、そうそうないですよ」
「ははっ、それはそうだな」
「そういうことでいいんですね」
「最近の女は強引だな。これだからもてる男は困る」
「あぁ、自分で言った~」
「30超えたら女だってなかなかマッチングしないっていうぜ」
「気にしてるのに」
「本当に俺なんかでいいのか?」
「いいんです」
「どうなっても知らねえぞ」

     

それから俺は、渡辺家の厄介になることになった。
部屋は引き払わなかった。
彼女は十分ピアノ講師としてやっていけるようになっていたし、ピアノの腕も相当なものになっていた。卒業には6年かかったが、その分だけの価値はあったようだ。
問題は俺だった。生活保護からは抜け出せていない。イラスト屋も閑古鳥。絶望だった。実績皆無だった。この堕ちた先から抜け出す方法がわからなかった。
「たかひささん、とりあえずA型の見学に行ってみたらどうですか?そうしたら、一気に生活保護脱却ですよ」
確かにケースワーカーもB型は勧めてこなかった。働きましょう、A型でくらいしか言ってこない。ならば、A型で働いてみることにするか。俺は重い体を動かしてハローワークに何十年ぶりに向かった。

ハローワークでは障碍者用窓口があるらしく、そこで俺はまたされ、A型事業所ですか。いいと思いますよ、とのひとことから、A型で働くことがすぐに決まった。
翌日くらいには役所の人間がやってきて、そのまま、見学の運びになった。見学後、問題なければ、体験、受給者証の発行。労働ということになるらしい。給料はだいたい年間80万。スーパー弱男だと思った。副業不可避だ。そのかわりに障害厚生年金が復活する。どっちもどっちという気がする。そういう設計になっているのだろう。
非課税でなかったら絶対やめているなと思った。俺は生活保護世帯用住居で暮らしながら、ぼんやりと明日が来なければいいのにと思っていた。
それでも明日はやってくる。A型事業所までは最寄り駅まで車で送迎してくれるらしい。俺は最寄り駅まで歩いて、そこで拾われて作業場へ向かった。俺は体に不具合があったので、パソコン業務を任された。パソコン業務などほとんどやったことがない。だが時間だけは過ぎる。周りもやる気のないやつらばかりだった。そうこうしている間に時間は過ぎ、あっという間に就業時間。久々の労働に疲れを感じたものの、ビルメンに比べたら大したことはなかった。世の中こんなものか、と思いながら、3か月、半年という時間が過ぎた。俺は本当に何もないことを実感する。虚無の時間を過ごしていた。一方で短時間労働なので、空いた時間で脚本やイラストの勉強を再開した。生活保護も解け、金にも余裕ができた。新調したパソコンでVTUBERモデルを作ってみたりもしたし、無償提供をしてみたりもした。DLサイトでの販売や、エロ同人の販売なども始めてみた。
これまでやったことない分野への参画だ。俺は開き直りが足りなかったことに気づいたのだ。この体になってようやくDL数が上がり始めた。もうコミックマーケットには行けない。エロ同人という分野での発売で自分の才能が開花するとは思わなかった。なぜ、自分はこれまでやってこなかったのだろうと思うほどにエロ同人は売れた。それからしばらくして、A型事業所をやめて個人事業主になった。今はエロ同人で食えるほどにはエロで食えている。悲しい。俺にはこの才能しかなかったのだ。ストーリーは常にテンプレでいつも同じようなものだが、それが逆に受けるらしい。バリエーション、手を変え品を変え、様様な方法で書かれたエロ同人は自分に向いているようだった。そして自分がエロ同人を書くことになった経緯をKINDLEで発売した。

     

障害を抱えて生き続けなければならない。俺は見た目で分かるが、彼女は見た目で分からないだけ、生きづらいだろう。俺たちは今後どうなるんだろうな。そんなことを考えながら、俺は今日も彼女の家に向かう。収入が安定した俺と収入が安定した彼女。そろそろ共に過ごしてもいいのかもしれないな、とも思うが、どうなるのかは彼女と家族次第といったところか。
「今日はどこで過ごす?」
「たかひささんのいきたいところがいいです」
左手薬指に指輪が光る。安い指輪だ。一万円で作った。
「大して遠くにいけねえぞ。」
人間の作ったコンクリートの構造物でできたディストピアから俺は声をかける。
「いつか、田舎に行きたいですね」
「まぁ、今度、地元に招待するよ。ゆっくり遊びに来いよ。何にもないけどな」
「拠点は東京でな」
「はい」
この塩梅で、俺たちのテンポで生きる。それでいいんだ。傷ついたって、それはしょうがないことだ。でもだれしもが孤独は求めても、孤立は避けないとな。統合失調症は孤立を恐れる病気なのだろう。だからこそ薬が必要なのだ。よくできてる。

統失彼女 了

       

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